前橋地方裁判所高崎支部 平成4年(ワ)400号 判決 1999年3月11日
原告
矢島征四郎
右訴訟代理人弁護士
采女英幸
同
嶋田久夫
同
松本淳
被告
東日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
松田昌士
右訴訟代理人弁護士
大川實
同
笠原慎一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告の原告に対する平成四年一月九日付け戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)が無効であることを確認する。
第二事案の概要
一 原告は、被告の高崎車掌区において車掌として勤務する者である。本件は、原告が平成三年七月二三日及び二四日に出勤しなかったことを理由に、被告が、原告に対し、平成四年一月九日に本件戒告処分を行ったことから、原告が、右戒告処分の無効の確認を求めた事実である。
二 前提事実(次の事実は、括弧内にその認定証拠を掲げた事実を除いて、当事者間に争いがない。)
1 原告は、平成三年六月一日、被告に対し、同年七月二三日から二六日までの四日間について、被告所定の年次有給休暇(年休)申込簿の同日欄に、自己の氏名と休暇の目的を海水浴と記載して、有給休暇の申込み(時季指定権の行使)をした。
2 被告の石倉首席助役は、同年七月一六日午後五時ころ、土屋主任車掌から、同月二三日及び二四日の車掌の具体的な勤務内容を定める旅行命令書兼交番表、乗務交番表(案)とともに年休申込簿を受け取り、同月一七日の午前中、決裁のためこれらの内容を検討した(<証拠・人証略>)。
3 原告が年休付与の申請をした七月下旬は、夏期の繁忙期で臨時列車等も多いため、年休付与申請者に対する年休付与は著しく困難な状況にあったが、右の案作成に先立って予め予備員(臨時列車や年休付与、病欠に対応するため、基本行路が割当てられていない予備の車掌)の充当、当日休日の指定を受けている車掌に対する休日出勤の要請(二三日には小日向、二四日には大島、佐藤、茂木の三名が休日出勤)、乗務行路の組み替え(日常運行されている列車の行路(八四行路)と、臨時列車の行路(二三日は一五行路、二四日は一八行路)を組み合わせ、臨時列車の行路を二三日は八行路、二四日は一一行路に削減)、内勤車掌の乗務(二三日は矢島正勝、二四日は須川の各一名)等の措置が執られた結果、二三日については、年休付与申請者三一名に対し一〇名に、二四日については年休付与申請者二五名に対し六名に、それぞれ年休が付与できるようになっており(但しこれが限度)、そして右の案によれば、二三日の一〇名、二四日の六名の中に原告が含まれていた(<証拠・人証略>)。
4 右の案では、右両日の年休付与者の中に、加藤由紀夫は入っていなかったが、右両日は東日本旅客鉄道労働組合(東労組)主催のサマーキャンプが行われることになっており、加藤由紀夫がこのサマーキャンプの実行副委員長であることを知っていた石倉は、加藤に年休を付与するのが妥当と考え、しかし、年休付与者とされていた二三日の一〇名、二四日の六名に加えてさらに加藤に年休を付与するのは困難であることから、右の案で年休付与者とされていた者のうちの一名についても、他の者と同様に時季変更権を行使することを検討した(<人証略>)。
その結果、二三日の常務交番表において年休付与者となっている一〇名のうち、中澤勝人は、病気欠勤中で、二三日には通院の予定であったこと、石田光博は、資格取得のため東京まで講習に出席する予定であったことから、年休付与が適当であると考えた。また、茂木均、津田信夫、長沢優、北村敏雄、布施川正隆の五名については、同月二二日から連続して年休が付与されており、車掌の乗務のほとんどが徹夜行路で組まれていることからすると、この五名について二三日の年休申請に対して時季変更権を行使した場合には、二二日の乗務から再検討しなければならないのみならず、二四日以降の乗務にも影響するため、この五名についても年休を付与することとした。また、横尾俊久については、サマーキャンプの実行委員であり、時季変更権を行使すると、サマーキャンプへの影響が大きいことが予想されること、相川治男については、同月二一日に公休日を返上で勤務する予定であったことから、年休付与が相当であると考えた(<証拠・人証略>)。
他方、年休付与者となっていた原告は、年休申請理由が海水浴となっており、労組主催のサマーキャンプと比べ代替性があること、最近の年休付与状況を見ると、原告は、同年六月に四日、同年七月にもすでに三日年休を消化していること、加藤は、同年六月にも七月にも年休を消化していないことから、原告よりも加藤を優先すべきであると考えた(<人証略>)。
5 そこで、石倉は、同月一八日午前八時ころ、原告に対し、二三日及び二四日の両日について、年休不承認の意思表示をした。
6 原告は、年休不承認の意思表示を受けて、同月二〇日ころ、同月二三日及び二四日の両日に年休を付与するよう再度申入れるとともに、右両日に年休が入らないのであれば、他日を指定するよう求めたが、了承を得られなかったため、右内容の内容証明郵便を被告高崎車掌区長宛に郵送した(<証拠略>)。
7 石倉は、同月二一日午前八時四〇分ころ、田村助役とともに原告と面会し、原告に対しては七月にすでに五日、一三日、一四日と年休を三日間付与していたことから、今回は遠慮するよう要請したが、原告は、休まざるを得ませんなどといって、二三日及び二四日の両日に出勤しないことを明言するとともに、右両日に年休が付与されない場合には、他日に年休を指定するよう求めた。これに対し、石倉は、他日指定は行わない旨を述べた。
8 同月二二日午前一〇時一四分ころ及び同日午後九時三九分ころの二回、被告の石倉らは、原告に対し、同月二三日及び二四日に出勤するよう命ずる業務命令を発した。
9 しかし、原告は、同月二三日及び二四日の両日出勤せず、高崎駅大前駅間の、下り五二九M列車(高崎駅発二三日午前九時四六分)と上り五三二M列車の一往復、同駅間の下り五三九M列車と上り五四二M列車の一往復、高崎駅小山駅間の下り四八七M列車、小山駅桐生駅間の上り四九二M列車、桐生駅高崎駅間の上り四二四M列車(高崎駅着二四日七時八分)の七本の列車に乗務しなかった。
10 そのため原告が乗務する予定であった右列車については、内勤車掌である阿久津重夫が五二九M列車、五三二M列車、五三九M列車及び五四二M列車に乗務し、また他の列車に乗務し、特別改札業務(本務車掌の補助として、乗車券等の検札、発売業務及び秩序維持のために乗務して行う業務)を行う予定であった忰田実が四八七M列車、四九二M列車に乗務した。また、阿久津内勤車掌の行う予定であった業務を加藤助役が担当し、加藤助役の行う予定であった添乗指導業務を中止し、忰田車掌が行う予定であった特別改札業務を中止した(<証拠・人証略>)。
11 平成四年一月九日、被告は、原告に対し、右七本の列車に乗務しなかったことが、就業規則一三九条一号(法令、会社の諸規定等に違反した場合)、二号(上長の業務命令に服従しなかった場合)及び一二号(その他著しく不都合な行為を行った場合)に該当するとの理由で、本件戒告処分を行った。
三 争点
1 時季変更権の行使にあたり、他日指定を行う必要があるか。
2 本件時季変更権の行使につき、事業の正常な運営を妨げる事由があったか。
(原告の主張)
仮に時季変更権の行使につき、他日指定を行う必要がなかったとしても、被告は、時季変更権を行使する前に、労働力の配置を変更したり、代替要員を確保したりするなど可能な限りの方法を検討して、事業の正常な運営を確保する努力をすべきなのにこれを十分にしていないから、正常な運営を妨げる事由はなかったというべきである。
すなわち、原告に割当てられた徹夜行路を改変して、日勤の行路としたり、休日出勤を要請するといった対応や、特別改札行路担当の車掌や、内勤車掌、助役を年休者の代替乗務に充当すること等を検討しておらず、最大限の努力をしたということはできないというべきである。
(被告の主張)
被告の高崎車掌区においては、平成三年七月二三日に年休時季指定をした者が三一名、同月二四日に年休時季指定をした者が二五名いた。
被告が、右両日の運行業務、要員状況を検討したところ、夏期の臨時列車、団体臨時列車、修学旅行列車、それに試運転列車の増発等の事情から、年休申込者に対する年休付与は著しく困難な状況であった。被告は、全予備員の充当、休日指定を受けている車掌に対する休日出勤の要請、乗務行路の変更などの努力をして、年休付与者の確保につとめ、その結果、二三日分の一〇名、二四日分の六名を確保したものである。
また、原告に年休を付与する場合に備えて、石倉主(ママ)席助役は、原告に代る乗務員を確保するため、同月一七日、藤田一也車掌に対し、同月一九日、川上勉車掌に対し、それぞれ休日出勤を要請したが断られた。
3 本件時季変更権の行使が権利濫用となるか。
(原告の主張)
仮に時季変更権の行使があったとしても、次の(四)、(五)の事実から、組合間差別を目的として時季変更権が行使されたものといわざるを得ず、また、次の(一)ないし(四)の事実自体不当というべきである。これらを総合すると、被告による時季変更権の行使は濫用である。
(一) 被告の時季変更権の行使は、被告の就業規則六三条に違反している。すなわち、就業規則によれば、前月の二五日までに休日等を明示すべきとされているが、本件においては、五日前である七月一八日に時季変更権が行使されたものである。
(二) また、五日前である同月一八日の時季変更権の行使は、突然行われたものであって、時季変更権行使の時期としては不当に遅いというべきである。
(三) 同月二三日の乗務交番表の年休欄には一旦原告の氏名が記載されており、これにより原告に対して年休付与の効果が生じたにもかかわらず、その後右記載を抹消して、原告の代りに加藤由紀夫に年休を与えた。
(四) 年休付与については申し込み順に取得することが慣例となっていたところ、原告は、第一順位で年休を申込んでいたにもかかわらず、時季変更権が行使されたもので、慣例に反する。
(五) 被告は、七月二三日及び二四日の両日に開催された東労組主催のサマーキャンプの便宜のために、同労組に所属する加藤由紀夫の年休を優先させ、国鉄労働組合(国労)に所属する原告に時季変更権を行使した。
(被告の主張)
(一) 時季変更権行使の時期については、労働基準法上特別の規定はなく、就業規則上も行使時期の定めをしていない。その要件があればいつでも行使ができる。
(二) 高崎車掌区では、平成三年六月二一日以降、被告高崎支社から相次いで発せられる臨時列車の運行通達に対応しながら、可能な限り多数の社員に年休を付与できるよう年休時季指定日の直前まで努力したものである。また、年休付与者の決定、時季変更権の行使が、年休時季指定日の五日ないし一週間前に行われることは、高崎車掌区の長年の慣行であった。したがって、年休時季指定日の五日前である一八日に時季変更権を行使することが突然であるとはいえない。
(三) <1>原告の七月二三日及び二四日の年休申込については、その理由が海水浴とされていたところ、海水浴は八月中旬ころまで可能であること、<2>原告は、七月二三日から二六日までの連続四日間を時季指定していたこと及び同月一七日時点で同月五日、一三日、一四日の三日間の年休をすでに取得していること、<3>原告が同年六月中にも四日間の年休を取得していること、<4>原告は、平成二年四月一日発給(平成二年度)の年休は全部消化し、年休消化率は年休付与承認者の中でも上位にあったこと、<5>七月二三日と二四日の両日には、東労組高崎車掌区分会実行委員会主催のサマーキャンプが開催され、これが社員、家族の団体的行事であったところ、担当者の乗務交番表で年休が付与されないこととなっていた加藤由紀夫は、右実行委員会の副委員長であったこと、<6>年休付与の公平化などの事情が総合考慮されて、原告に対し時季変更権が行使されたものである。
(四) 被告は、原告に対し、平成三年度(平成三年四月一日から平成四年三月三一日まで)において、年休を二一日付与しており、そのうち国労関係行事を理由とする年休を六日間付与している。平成四年度(平成四年四月一日から平成五年三月三一日)においても、年休を一九日付与しており、そのうち同理由による年休を三日間付与した。特に、平成三年九月二九日には国労支部つり大会、平成四年一一月八日には国労高崎地本主催運動会の分会責任者であることを理由に年休を付与している。
また、平成三年七月における一人当たりの年休付与日数は、国労組合員で一・二二日、東労組組合員で一・〇八日であり、格差はない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(他日指定が要件であるか)について
被告が、原告に対し、他日指定することなく七月二三日及び二四日の年休を承認しない旨の意思表示をしたことについては争いがない。
ところで、年次有給休暇は、労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を定めて有給休暇の時期を指定したときは、客観的に労働基準法三九条四項所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしない限り、この指定によって年次有給休暇が成立するもの、すなわち、休暇の時季指定の効果は、使用者の適法な時季変更権の行使を解除条件として発生するのであるから、使用者としては、時季変更権の行使として、同法三九条四項所定の事由が存在するということを理由に、当日の年休を承認しないということを示せば、直ちにそれが時季変更権の行使となるというべきである。労働者側からしても、いつでも別の日を年休日として指定すれば足りるのであるから、使用者の側から他日を指定しなければならないと解する理由はない。
したがって、原告のこの点に関する主張は採用できない。
二 争点2(事業の正常な運営を妨げる事由の有無)について
前記前提事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告は、できる限り多くの者に年休を付与するため、前記前提事実3のような措置をとったが、原告が時季指定権を行使した(年休付与の申込をした)時季は、夏期繁忙期にあたっていたため、二三日について一〇名、二四日について六名に年休を付与するのが限度であったことが認められるから、原告らこれ以外の年休付与申請者に年休を付与すれば、業務(ママ)の正常な運営に支障があったものというべきであり、原告のこの点の主張も採用できない。
なお、原告は、休日出勤をさらに募るべきであったとか、助役や内勤車掌に乗務させることができた、特別改札業務を中止することでまかなえたなどと主張するところ、年休付与申請者のうち何人にこれを付与するかを決定するに当たっては、被告は、年次有給休暇が労働者の権利であることに配慮し、業務(ママ)の正常な運営を妨げない限り、申請者に申請どおりの休暇を付与するように努めるべきことはいうまでもないが、この場合でも、被告は、業務(ママ)の正常な運営を妨げない範囲内で通常考えられる措置をとれば足りるというべきであり、そして前記前提事実からすると、被告は、七月二三日及び二四日の両日の年休付与にあたり、この程度の措置は十分講じているものと解されるから、これ以上の措置をとるべきであったとする原告の主張は失当である。
また、原告は、本件の背景として被告高崎車掌区における車掌数が欠員状態にあったと主張するが、本件当時の被告高崎車掌区所属の車掌の乗務可能員数が必要数に足りなかったとする証拠はなく、かえって、前記前提事実に記載のとおり、夏期繁忙期である平成三年七月二三日及び二四日の両日にもそれぞれ一〇名、六名というように相当数の年休取得者がいること、原告自身も平成二年及び平成三年発給の有給休暇をすべて消化していること(<証拠略>)等からすれば、被告高崎車掌区所属の車掌の乗務員(ママ)数が恒常的に年休取得を困難ならしめるような欠員状態にあったとは認められない。
したがって、原告のこの点の主張も失当である。
三 争点3(権利濫用)について
1 原告の主張について
(一) 就業規則違反の主張については、就業規則(<証拠略>)では、「休日」とは、同規則五五条一号に規定する公休日、同条二号に規定する特別休日及びこれらの代休日を指し、「休日等」とは、右「休日」に加え、同規則五五条三号に規定する調整休日及びその代休を指すものとされており(同規則五三条二号、三号)、したがって、同規則六三条により前月の二五日までに明示すべきとされている「休日等」には、年休が含まれないことは明らかであるから、原告の主張は失当である。
(二) 突然の時季変更権の行使だという主張については、時季変更権が行使されたのは七月一八日であるが、証拠(<人証略>)によれば、具体的な勤務が定められた旅行命令書兼交番表が公表された七月二〇日の前であったこと、時季変更権の行使を受けた他の者についても、最も早く受けた石田義明が同月一五日であり、その他の者が同月一六日であって、原告に対する時季変更権の行使が特に遅れたということはないことが認められる(<証拠略>)から、原告に対する時季変更権の行使が時機を失し、突然であるという原告の主張は採用できない。
(三) 乗務交番表の年休者の欄に一旦原告の氏名が記載された後に加藤に変更になったとの主張については、そのような事実経過が認められることは前記前提事実記載のとおりであるが、この乗務交番表の記載は、車掌の乗務について決裁権を有する石倉が、決裁する前の案にすぎないものであるから、原告の氏名がその年休者の欄に記載されたというだけでは原告に対して年休を付与したことにはならないから、この点の原告の主張も失当である。
(四) 年休付与は申し込み順という慣行に反するという主張については、本件全証拠によっても、そのような慣行の存在を認めることはできない。
(五) 本件時季変更権の行使が組合間差別を目的にしたものだという主張については、前記前提事実に記載のとおり、被告は、原告と他の年休申請者について、年休の消化状況、六月及び七月の取得状況、年休申請の理由等を考慮し、公平の観点から加藤に年休を付与することを決めたものであると認めることができ、原告主張のように組合間差別を意図してなされたものとは認められない。また、原告は、組合間差別が行われてきたとして、縷々事情を主張し、また、原告や(人証略)も、これまで被告から国労組合員に対する差別があった旨を供述しているが、仮にそのような事情があったとしても、本件時季変更権の行使が組合間差別の目的で行われたものかどうかの判断に影響を及すものではない。
2 したがって、権利濫用に関する原告の主張もまた失当というべきである。
四 よって、原告の請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は敗訴原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松井賢徳 裁判官 井上薫 裁判官 金澤秀樹)